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2013年4月17日 (水)

料理とわたし

私が家族の夕食を作るようになったのは、小学校4年生です。

両親が働いていたので、3年生までは
学校から直接保育ママさんの家に行き、おやつを食べ、
6時に妹(2つ下)と保育ママさんのお子さん(4つ下)と夕食をいただき、
7時に母が車で迎えに来るという生活でしたが、
4年生になったので、妹と家でお留守番をするようになりました。

4月生まれで背が高かった私は、いわゆる「しっかりした子」で、
母曰く、「2歳下の妹と4つぐらい違う感じだった」というお姉さん。

最初は、おやつを食べながら母の帰りを待っていましたが、
徐々に夕食を作るようになりました。

当時出始めだった子ども向けの料理本を父に買ってもらったのも
作るようになった理由の一つだったと思います。

おみそ汁から始めて、カレー、肉じゃが、お魚の煮付け、ポテトサラダ…
何を作っても両親はとっても喜んでくれたので、益々やる気になりました。

子どもなので、お料理の本に載っているメニューを全て作ってみなければ気が済まず、
「手打ちうどん」にトライしたこともありましたよ。
母が埼玉出身で、休日には長い麺棒でうどんを打ってくれていたので
簡単にできるものだと、思い込んでいたのです。

もちろん、最初は上手くいかず、その日の夕食は「すいとん」になりましたが。

恵まれていたと思うのは、保育ママさんが福岡の方で
母が作らない海のものを使った料理を食べさせてくれ
味を覚えることができたことです。

献立が思いつかなっかったり、作り方がわからないときは
保育ママさんに電話して聞いていました。
レモンを薄く切ろうとして手を切ってしまったときなど
すぐに走って行って手当てをしてもらいました。

保育ママさんのお宅で夕食を食べているときは
母が保育料の他に食事代を払っていたので
「いつも試せないメニューも思い切って試すことができる」といって
いろいろなものを作ってくれました。

料理を作っている間、私は妹と4才下の保育ママさんのお子さん、
途中で生まれた6才下の赤ちゃんの面倒を見ていたので
集中して料理に取り組めたようでした。

しっかり者だった私を、いつも大人扱いしてくれ、
こっそりコーヒーを飲ませてくれたりしました。

自分で毎日夕食を作っていると、段々段取りよく用意できるようになり、
学校から帰ってから母が帰るまでの3~4時間で、
夕食を作り、洗濯をし、部屋を整えるというのが日課になりました。
自分が早く、上手くなるのがわかり、とっても楽しかったのを覚えています。
このころから、家事が大好きでした。

おかげで、結婚してからも家事や料理で困るということはなかったのですが
失敗が一つ。

私は料理や片付けを楽しんでやっていましたが
どちらかというと幼い妹をお客様状態にしてしまったので
何もできないまま結婚させることになってしまい、
妹は結婚してからお料理デビューでした。

妹は新婚当時、よくご主人と家に遊びに来て
「永谷園の麻婆豆腐はうれしい具入りなんだよ」と、ふざけて話すのを聞くと、
一緒に作っていたらよかったと、とても後悔しました。

もう20年以上前の話ですが。

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